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東京地方裁判所 平成12年(刑わ)2775号 判決 2000年11月17日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、平成一二年六月初旬ころから東京都港区芝公園二丁目七番所在の東京都立芝公園において路上生活をしていたところ、同年七月初旬ころに同じく同公園内で路上生活をしていたBと顔見知りとなり、時折一緒に酒を飲んで話をする仲になった。被告人は、同年八月一二日午後二時五〇分ころ、同公園児童遊園内にBを見つけ、一緒に酒でも飲もうかと考えて同人に近づいていったが、これに対し、Bが「お前は何でこの公園に来るんだ。」などと被告人を拒絶するような態度をとったことから、口論となり、両名とも酒による酔いの勢いも手伝って互いに激しく言い争ううち、Bは、台車に隠し持っていた鉄パイプ(平成一二年押第一七九七号の1)を取り出して被告人に殴りかかってきた。被告人は、これを手で防ごうとしたが、防ぎ切れず頭部に受傷するなどしたため、身の危険を感ずるとともに、憤激するに至った。

(罪となるべき事実)

かくして被告人は、平成一二年八月一二日午後二時五〇分ころ、東京都港区芝公園二丁目七番所在の東京都立芝公園児童遊園内において、B(当時四七歳)から右鉄パイプを取り上げるや、同人に対し、これでその顔面及び頭部を数回殴打する暴行を加え、よって、同人に全治約三週間を要する右頬骨骨折、左側頭部挫創等の傷害を負わせたものである。被告人の右行為は、Bによる急迫不正の侵害に対して自己の権利を防衛するためにしたものであったが、防衛の程度を超えたものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

一  弁護人は、被告人の本件行為は、Bの被告人に対する急迫不正の侵害行為から自己の生命身体を防衛するためになされた行為であるが、防衛の程度を超えたものであって、過剰防衛が成立すると主張する。これに対し、検察官は、本件行為は、被告人がBを挑発し、凶器を取り上げた上でもっぱら積極的な攻撃意思で行為に及んだものであり、過剰防衛も成立しない旨主張する。

二  関係各証拠によれば、犯行に至る経緯及び犯行の状況については、前判示のとおり認定するのが相当と認められるが、若干補足すれば、以下のとおりである。

まず、本件においては、先に鉄パイプで攻撃を仕掛けたのがBであり、これによって被告人が右側頭部打撲血腫等の傷害を負っていることにかんがみ、当初Bの被告人に対する急迫不正の侵害が存在していたことは、明らかである。そこで、被告人がBから鉄パイプを取り上げ、本件加害行為に及んだ時点においても、なお急迫不正の侵害が続いていたといえるか否かについて検討する。

この点について、被告人は、鉄パイプを奪われたBが逃げようとしていたのか、なおも被告人に食ってかかろうとしていたのかよく覚えておらず、気が付いたときにはBが地べたに寝転がっていた旨供述している。そして、Bは、司法警察員に対する供述調書において、酒に酔っていたため殴られた状況に関してははっきり覚えていない旨述べている。このように、被告人及びBの両名とも、鉄パイプを取り上げられた後、Bがどのような言動をしていたかを全く記憶しておらず、他にこれを認定し得る資料もない。そうしてみると、先に攻撃を仕掛けたのがBであること等に照らし、被告人に鉄パイプを取り上げられた時点でもBの攻撃意欲が直ちに消失せず、なおも被告人に対して攻撃を加えようとしていた可能性を否定できないことに帰する。したがって、法律の適用に当たっては、なお急迫不正の侵害は消失していなかったことを前提にすべきものと考えられる。

次に、被告人による前記認定の攻撃は、Bから突然頭部を鉄パイプで殴打されるなどした状況の下で短時間のうちに連続的になされたものであること、被告人がBの攻撃により身の危険を感じて反撃に出たことは否定できないこと等に照らせば、被告人がその時点で反撃行為とは別個に新たな攻撃意思の下で加害行為に及んだとみるのは相当でなく、むしろ、冷静さを取り戻す余裕もないまま、当初の防衛意思を持って攻撃を続けたものと認めるのが相当である。

三  以上のとおりであって、被告人の本件行為は、防衛とは無関係な加害行為とみるべきものではないが、被告人に鉄パイプを奪われた後の時点におけるBの被告人に対する攻撃は、せいぜい丸腰で殴りかかってくる程度のものであったと推認されるから、これに対して顔面及び頭部を鉄パイプで繰り返し殴打した行為は、防衛行為の程度を超えていたものといわざるを得ない。よって、前判示のとおり過剰防衛を認定した次第である。

(累犯前科)

被告人は、平成八年六月二八日東京地方裁判所で強盗の罪により懲役三年六月に処せられ、平成一二年五月二〇日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示行為は刑法二〇四条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前記の前科があるので同法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、公園で路上生活をしていた被告人が、同じく路上生活者である被害者に対して、鉄パイプで頭部等を殴打する暴行を加え、傷害を負わせたという事案であるが、そのきっかけは、被害者が、突然被告人に対し、鉄パイプで攻撃を加えてきたことにある。被告人は、被害者の右攻撃により負傷している。このような行動に及んだ被害者に落ち度があることは否定できず、被告人が自分の身を守るために反撃すること自体は非難されるべきではないが、被告人が現に行った反撃は行き過ぎであったといわざるを得ない。発生した結果は重大であり、被害者の宥恕はない。さらに、被告人は、これまでに傷害、強盗等の前科を四件有しており、前刑執行終了後わずか三か月足らずで本件犯行に及んでいる。

しかしながら、本件が過剰防衛の事案であることに加え、被告人が捜査段階から本件犯行を素直に認め、やりすぎであったと反省し、同様の犯行を繰り返さないようにするためにもアルコール依存症を治したい旨述べていることなど、被告人のために酌むべき事情もあるので、これらの事情を総合考慮して主文の刑を量定した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 永井敏雄)

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